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2015 フィルム講座 大正3年対昭和9年 4

2015 フィルム講座 大正3年対昭和9年 4:画像

平成26年度「長井の心を育む推進事業」で公開した写真を取り上げる。

長井のまちには、その歴史の中で様々な建物があらわれては消えを繰り返してきた。現存しているものもあれば消えてしまったものもある。その時々の人々の暮らしを彩り、時代を形どってきた建物等を、大正3年・昭和9年の時間軸周辺でご覧いただく。

 

    威厳を示す郡の建物 大正3年と昭和9年

 

                大正3年の地図

 

大正3年、要覧に添付された地図の部分。郡役所を南北に挟んで北に「郡会議事堂」、南に「織物事務所」、入口には「税務署」がある。十日町郵便局は長沼酒造の道路向かい近くにあった。

 

 

 

明治44年以降の写真。真ん中に明治11年築の西置賜郡役所、その北側(右)に明治44年築の西置賜郡会議事堂、南側(左)に置賜織物同業組合事務所が。整然とし門柱もあった。

 

 

 

明治41年の西置賜郡役所。明治11年の建設から30年後の姿である左側(南側)には織物同業事務所の北面が写る。建坪は69.6坪、15間・4.5間の一部二階建て。今でも見ることができる。

 

 

 

 

建設当初、明治44年の西置賜郡会議事堂の写真。この郡会議事堂は、実は二代目。明治44年度の郡特別会計で、郡役所の北側の郡有苗圃地に整備された。大正15年に郡制が廃止となり、郡教育会館・郡図書館に変わる。

 

 

 

大正3年要覧のグラビアに掲載された写真。郡役所の南側にあった。表記では置賜織物同業事務所だが、建設当初は、「初代の西置賜郡会議事堂」である。上記を手直しした写真が下記に。

 

 

明治20年に建設された「初代西置賜郡会議事堂」である。6間の10間、建坪は60坪、東から見ると縦長であった。他に土蔵があったが、老朽化のため、郡役所北側に建て替えられた。二代目の郡会議事堂を建てるために、置賜織物同業組合に初代郡会議事堂を売り、その代金等を充てた。この建物は同業組合が、明治44年から大正12年まで使用、その後荒砥の繭市場に買い取られた。

 

大正3年当時、置賜織物同業組合事務所(初代郡会議事堂)・西置賜郡役所・西置賜郡会議事堂の3棟の擬洋風建築が並んで建っていた光景を想像すれば、まったくの見事というほかはない。しかし、電気が通じるのは大正3年であるため、威厳のある建物群ではあるが、相当暗かったに違いない。

 

            昭和9年の地図

 

 

が「郡教育会館(旧二代目郡会議事堂)」、い痢峽看晴顱廚鉢イ痢崢弘翕斂攴伉ソ蝓廚旧西置賜郡役所に入っていた。ちなみに、△蓮峺立長井高等女学校」で、Г初代郡会議事堂の跡に建つ「長井税務署」だ。

 

 

昭和11年の要覧に掲載された旧二代目郡会議事堂。大正12年の郡制廃止に伴い、郡教育会館・郡図書館となる。大正12年3月、郡から教育会に交付された内容の記述がある。「1、議事堂敷地 2、郡会議事堂 3、郡会議事堂付属建物2棟 4、郡会及び郡参事会用器具器械 5、図書及び図書館用器具器械 6、郡有動産 7、学資貸与金」。この記述から見ると、郡会議事堂の他に、2棟の建物があった。議事堂本体のサイズはわかっていない。

 

 

この写真は大正12年から14年の間で撮影されたもの。表札が2枚かかっているが、左側に長井土木出張所、左側に西置賜郡役所と。県が土木事務所を大正12年に設置し、大正14年には郡役所を廃止した。

建物の入口部の屋根が建設当初から大きく変更している。門柱から建物入口までの切石の敷石が確認できる。

 

昭和9年、このときはすでに初代郡会議事堂はない。擬洋風建築の3棟が並んでいた時代は、明治44年から昭和初期までの20年ほど。見てみたいものだ。

 

 

 

 

 

 

2015.03.27:[歴史的建造物]
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